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上田の絵本

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お盆の帰省

お盆の時期に、子どもたちと一緒に帰省しました。
今年の夏は、例年以上に兄の事が思い出されて、お参りの際は涙が出そうでした。

思い返してみると、兄が亡くなってから、私は自分の悲しみや後悔は閉じ込めて、ずっと父と母を励ましてあげたいと思ってやってきたように思います。
兄が亡くなって、葬儀を終えるまでは、母や父や姉と一緒になって泣きました。
でもそれ以降、いくら兄の事を思って涙が出そうになっても、母や父の前では泣けませんでした。
私の姉は、兄が亡くなってから、相当なショックを受けてうつ状態になりました。母はそんな姉を見て、余計に苦しみました。
ですから、私は兄が亡くなっても、なんとなく平気そうにしているしかできなくなってしまいました。

家でも実家でも、私がどれだけ悲しんでいるか、知っている人はいません。
悲しい時に、一緒に悲しんでくれる人がいるというのは、本当にありがたい事です。
悲しみを素直に表現できて人を信頼して頼ることができること、本当に大切な事だと思いました。


生きづらさを感じて苦しんでいる人は、たくさんいます。
うつ等の精神的な病気で苦しんでいる人に対して、「頑張りが足りない」とか、「甘えている」とか、言われることがあります。
本人は周りの目をすごく気にしますから、自分の何がだめだったのか、一生懸命考えて努力します。
でも、本人や周りの人間がいくら考えても考えても、なぜその人が精神的に弱ってしまったかは分からないんです。
生まれてから幼少期までに無償の愛を受けたかどうかがその人の人生を左右します。
本人は覚えていない、ずっとずっと昔の記憶が、心の成長に大きく関わります。

覚えていないくらい小さな頃、本人が望む形の愛を受けなかった子どもは、大きくなっていく過程で愛情の不足を何かの形で表現します。
不登校だったり、家庭内暴力だったり。
でも、それを本人の甘えやわがままだと勘違いして、さらに突き放してしまうと、家庭にも社会にも居場所のない状況になってしまいます。
それでも、子どものうちは一生懸命頑張ります。親に認めてもらうために頑張ります。
いくら頑張っても努力しても、成果がでたときだけの条件付きの愛情しかもらえず、最後は力尽きてしまいます。


私の母は、兄が何で苦しんでいたか、本質的なところが未だに分かっていないような気がします。
母は無意識のうちに、自分の中の常識を押し付けるところがありました。
兄にはそのままの兄を受け止めてくれる人が必要でした。
私も、母や父にそのままの自分を受け入れられてるという気持ちはありません。
母は、私がマイホームに住んで二人の子に恵まれ、職場や友人も可愛がられている、という条件があってこそ私を愛しているのではないかと思うところがあるのです。
学生の頃は、母は母の友人の子の多くがアルバイトをしていると聞くと、「アルバイトした方がいいんじゃない?みんなしてるみたい」と言いました。
それなのに、アルバイトで私の帰りが遅いのには怒られました。なんて勝手な人だろうと思いました。
こういう些細なことがたくさんありました。
子どもはこうあるべき、というのが母の頭の中にあって、事あるごとに口出ししてくる感じでした。
それでも末っ子の私には甘かったので、姉や兄はだいぶ言われていたと思います。
たったそれだけのことで?と思うようなことも、記憶のないくらい小さなころからの積み重ねであれば心は正常に発達しないと思います。
子どもは段階を踏んで親から離れていかなければいけないけれど、最初のステップから失敗しているので、親からどう自立するかなんてできないのです。
自立する前には、十分に支えてもらわなければいけない。それなしに、自立することは無理だと思います。

この夏はいろいろと母に対して思うところがあり、複雑な気持ちでしたが、母が優しいというのもまた事実です。
母や父がひどい人だったか、というとそうではないのです。とても優しいのです。
だからこそ、兄は余計に苦しかったのかもしれないです。




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